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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4839号 判決

主文

原判決を取り消す。

控訴人と被控訴人との間の東京地方裁判所昭和五八年(ヨ)第二八三号不動産仮差押申請事件について、同裁判所が同年一月二六日にした仮差押決定を認可する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  原判決の「事実及び理由」欄の「一」の各事実については、当事者間に争いがない(ちなみに、本件仮差押え命令の申請は民事保全法の施行前になされているから、本件には同法によつて削除された民事訴訟法五一四条ないし七六三条の該当条項(以下「民訴法旧七四六条」というように判示する。)が適用される(民事保全法附則四条))。

二  仮差押えが将来の執行を保全するための暫定的な処置であることは、原判決が判示するとおりである。

しかし、原判決の立論の根拠になつている、時効中断事由の終了を裁判上の請求と対比することは、その時効の中断の終了が法定されている(民法一五七条二項)ものであり、比較の態様も異なることからすると、裁判上の請求には時効の中断について終了の時期があるという以上の意味を見いだすことは難しく、差押えとの対比にしても、その中断の終了は、差押え手続の終了というよりも、執行終了の点に求めるべきであろうから、それを保全執行終了を観念することができない仮差押えと対比することには問題があるように思われる。そして、逆説めいた言い方になるが、仮差押えが暫定的な処置であることや将来の執行を保全するためのもので、具体的な権利実現のための強力な本執行が常に予定されているものであることを強調するのであれば、本執行に移行する以前には時効の中断は終了しないということになるではないだろうか。

加えて、原判決のように、一律に当該仮差押えの執行手続が終了した時又は執行期間の経過等の事由により執行ができない場合には仮差押え命令が債権者に告知された時に時効の中断事由が終了すると解すると、債務者から異議の申立てがあると、異議訴訟中であるにもかかわらず被保全権利の消滅時効が当然に進行し、場合によつては異議訴訟中にその消滅時効が完成して(消滅時効には、短期のものも少なくない)本来であれば仮差押え命令が認可されるべき事案であるにもかかわらずそれが取り消されるという奇妙なことになる(原判決には、少なくともその点について考慮したことをうかがわせる判示はない)。

また、原判決は仮差押えの登記がある間に本執行の手続を採らない債権者を権利の上に眠る者だというが、仮差押えの登記が存続中は消滅時効の中断事由が終了しないことは確立した判例(大審院昭和三年(オ)第四六〇号同年七月二一日第四民事部判決・大審院民集七巻五六九頁など。なお、最高裁昭和五八年(オ)第八二四号同五九年三月九日第二小法廷判決・最高裁裁判集(民事)一四一号二八七頁)であつて、したがつて、本執行の手続を採らない債権者を一様に権利の上に眠つていると言い切ることはできないはずである。

原判決は、要するに、仮差押えの時効中断効の終了の問題を、仮差押えの制度的理念とその現実の運用ないし実態とのギャップの中で前者に引き寄せて解決しようとしたものであり、その意図は首肯することができるものであるが、その理論構成及び結論には同調することができないといわざるを得ない。

三  そもそも請求並びに差押え、仮差押え及び仮処分によつて消滅時効が中断するのは、「法律カ権利ノ上ニ眠レル者ノ保護ヲ拒否シテ社会ノ永続セル状態ヲ安定ナラシムルコトヲ一事由トスル時効制度ニ対シ其ノ権利ノ上ニ眠レル者ニ非サル所以ヲ表明シテ該時効ノ効力ヲ遮断セントスルモノ」(大審院昭和一二年(オ)第一五五三号同一四年三月二二日民事聨合部中間判決・大審院民集一八巻二三八頁)であり、そうだとすると、請求並びに差押え、仮差押え及び仮処分という時効の中断事由の終了というのは、債権者が権利行使を終了したこと又は権利行使の表明を撤回し若しくは権利行使を断念あるいは放てきすることであると解される。

そして、差押え、仮差押え及び仮処分が請求とは別個の時効中断事由となるのは、請求とは異なる時効中断の効果を生じることに眼目があるのであろうが、それとともに請求とは独自の債権者の権利行使の表明、それも請求の抽象的、観念的な権利行使の表明以上の具体的、現実的な執行行為というより根源的な権利行使の表明を評価したものであろう。したがつて、仮差押えを時効の中断の事由として観察するときは、仮差押えの制度的理念という観点よりも債権者の権利行使の表明の表象としての観点から事態を把握しなければならないし、そうであるからには、不動産仮差押えにおけるその登記は、副次的には債権者の権利行使の表明を公権的に承認した仮差押え命令の執行手続として、それをも公示するものとして見るべきである。

確に、仮差押えにおける債権者の権利行使の表明は、仮差押え命令の申請に端的に具現され、その後仮差押えの登記の存続中も継続的に存続していると断ずることはできないが、いつたん仮差押え命令の申請において権利行使の意思が具現している以上、その後も仮差押えの登記が存続している限り--ということは仮差押え命令が効力を有している限りということであるが--継続的に権利行使を表明していると推定することはできるであろう。法律も、副次的な効果であるとはいえ時効の中断の事由でもある仮差押えの債権者に対して本案訴訟の提起を要求してはいないのであつて、反対に債務者に対して起訴命令(民訴法旧七四六条)ないし異議(同法旧七四四条)又は取消し(同法旧七四七条。なお、旧七五四条)の申立て権を付与して、仮差押え命令(ないしその執行手続)を失効させることを期待しているのである。現実の問題としても、仮差押え不動産にその債権者の債権に先立つ負担があるために右不動産の強制競売をしても剰余の見込みがなく競売手続を取り消されるおそれがある(同法旧六五六条、六四九条参照)場合であるにもかかわらず、債権者に対して手間と時間と費用をかけて本案訴訟の提起ないし本執行の申立てをしなければならないとすることは、自己の不動産に仮差押えの登記がなされ処分が制限されているのに起訴命令ないし異議の申立てもしない、というよりは多分にすることができないいうなれば債務の履行に不誠実な債務者を放置して、債権者にいたずらに過剰な要求をするものであるというべきである。

こうして、仮差押え債権者が権利の上に眠つているというのであれば、債務者は、異議訴訟、債務不存在確認訴訟等において、(被保全権利の消滅事由として、)仮差押え債権者が権利の上に眠つていることの具体的な事実、たとえば債権者が仮差押えの対象不動産の本執行をすれば債権の回収をすることができることを知りながら、本案訴訟の提起又は本執行の申立てを怠つたこと(及びその時から所定の時効の期間を経過したこと)を主張・立証して、仮差押えの登記による債権者の権利行使の表明の存続の推定を覆さなければならない。

四  ところが、被控訴人は、控訴人が権利の上に眠つていることの具体的な事実についてなんらの主張・立証もしない。かえつて、弁論の全趣旨によれば、本件不動産は二束三文の価値しかなく、したがつて、控訴人が本案訴訟を提起して勝訴判決を取得し、その判決に基づいて本執行に着手しても本件被保全債権を回収できる見込みがなかつたので、控訴人が本案訴訟を提起すること等は実効性の見地から見て不可能であつたことを認めることができるのである。

五  以上のとおりであつて、被控訴人の本件異議の申立ては理由がないから、これを認めて本件仮差押え命令を取り消した原判決は相当でなく、本件控訴は理由がある。よつて、民事訴訟法三八六条により原判決を取り消して本件仮差押え命令を認可し、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 並木 茂 裁判官 高柳輝雄 裁判官 中村直文)

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